阿部宏慈詩集『柄沼、その他の詩』

 水にもまざまな水があり、さまざまな匂いがあり、さまざまな色がある。さらにいえば、海があり、川があり、沼があり、池がある。雨もあり、嵐もあり、雪解けの輝きもある。春の温かな水もあれば、夏の涼しい水もあり、秋を通り越して固まる水もある。そして生まれ故郷の北白川、高田川、田んぼ畔を流れる用水路の水がある。さらに壊れた雨傘のことが未だに忘れられない。  こんなことを書こうとしているわけではないのに、この詩集を読んでいて、ミズのことをずっと書き続けたい気持ちになりました。そんなさまざまなことで水に取り巻かれて生活してきた「わたし」にまつわる出来事や記憶を、忘れ去ったことも含め、本当にあったこととしてこの詩集は蘇させてくれます。まるで切り裂かれた傷の痛みを言葉の力で癒すようにです。さらに、そのことを書き示す言葉が自分にもあるということを教えてくれる優しい言葉たちです。  心地良いかと問われれば、そうには違いないのですが、書けば書くほど次々と溢れ出てくる言葉は、果たして確かな記憶なのかそれとも作り話なのか分からなくなります。そこには自分の見栄や嘘や妬みや欲望も姿を現してくるものですから、悔恨や辛い記憶といった痛みも伴います。   阿部宏慈詩集『柄沼、その他の詩』(発行日:2020年3月5日、発行所:書肆山田)を読んでいて、上記のような漠然とした感想を持ちました。言葉には何十、何百、何千、何万、何億、いやそれ以上の意味や表記がありますが、声に出して(心の声でも構わない)読み続けることで…

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