駒村吉重『命はフカにくれてやる 田畑あきら子のしろい絵』(2024年、岩波書店)について

       ★     彼岸を疾走しつづける少年の燃える髪の輝きを浴びて、河辺で一人の少女が身体に    巻いた白く長い包帯を解いている。秘仏か木乃伊のように。白い無数の下着のうちで    激しく回転する肉体がみえる、あたりはそのため霧を生じ、私は頬に冷たい掌の感触    をうける。        ★     行け! 行け!     行け! 行け!     行け! 行け!     響く叫び、響く光景全体は     おお 球状の言葉だ!     私は人間の姿をしていない、言葉だ!     行け! 行け!     おお 壮大に腐ってゆく     純白文字が撥する虚無音を聞いた     紙幣が薄紅色だ!     ラッセル     雪     行け!     ときおり私は青いガラスの破片をひろって額の中心に飾った     ああ 世界中と平行移動     私の歩行の時間構造が私の魂の実体だろうか     行け!     銀河破壊!           吉増剛造『黄金詩篇』より           詩「夏の一日、朝から書き始めて」第四連及び第五連  この本、駒村吉重『命はフカにくれてやる 田畑あきら子のしろい絵』(2024年、岩波書店)を最初に読み終えて、二つのことが私の頭を掠めました。一つは、田畑あきら子のカタカナ混じりの言葉が、あまりにも!吉増剛造の詩の言葉の運びを彷彿させるということです。もちろ…

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絵本『湾』(詩:千田基嗣  絵:山本重也)

 絵本が届きました。発行者は気仙沼自由芸術派 詩人千田基嗣さん。絵は、山本重也さん。絵本の題名は「湾」。発行は2024年11月23日。   この絵本を手にした時に最初に思ったことは、40年前の1984年に発行された千田さんの最初の詩集『湾』のことでした。それは題名が同じということよりも、絵本の姿形を見て触った瞬間に、詩集『湾』の小さな詩集の姿が浮かんできたのです。それはどうしてか、自分でもわかりませんでした。  詩集『湾』は、B6サイズで28頁の小さな詩集です。収録されている詩は9篇。あとがきもなく、最後のページの作者紹介のクレジットには、名前の下に小さな文字で「1956年生」と書かれているだけでした。荷物の梱包に使われるような茶色のざらついた紙の表紙。薄い本文用紙。詩集の題名の下に「千田基嗣 book let 1」と書かれています。言葉の通りに、小さな小冊子です。丸めてカバンに入れて持ち歩きたくなるような詩集です。でも、すぐに傷んでしまうような質素な詩集。それだけに、初々しさが感じられます。わたしは、本棚からその詩集『湾』を取り出して読み始めました。  絵本『湾』のことに戻ります。千田氏は、絵本『湾』のあとがきで、「絵本を創ることは夢だった。/固い表紙の上質な絵本。」と書いています。絵本というと児童書のようなイメージを持ちますが、表紙に「Picture book “the BAY”」と書かれているとおりに、絵を見る本ということです。そして、絵を見ると同時に、山本重也…

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小関俊夫詩集『もったいない農婦』

小関俊夫詩集『もったいない農婦』(2023年、無明舎出版)について  わたしが出した復刻版尾形亀之助『障子のある家』を買い求めいただき、その後わたしの自宅に届いた手紙に同封されていた詩集です。手紙には、7冊目の詩集であること、原発事故から世に物言いをたくて詩を書き始めたこと、農民であること、農民作家故山下惣一さんをつがなければと思っていることが、簡潔に記されていました。  冒頭の詩「青虫」の一部を引用します。     青虫    キャベツブロッコリーの    葉の裏に    青虫がいっぱい    女房がボールいっぱい    とってきて    ニワトリにやる前に    得意げに見せる    生きる女が    立っている                詩「青虫」最初の一連  最初に『もったいない農婦』に収められている詩の言葉に目を落としたとき、わたしが感じたことは〈ぶっきらぼう〉な言葉だなというものでした。正直に申せば、とっつきにくかった詩の言葉でした。それはどうしてかわかりませんが、たぶん小関さんの普段の言葉がそのまま詩の言葉になっているのだろうなと想像しました。飾らない、説明をしようとしない。そして、わかりやすくしようとしない。つまり、作為的ではないのです。しばらくたって、次第々々に小関さんの詩の言葉を繰り返しかみしめていると、そこに人間の言葉が、人間が発する言葉が、人間そのものが見えてくるような気がしてきました。語る言葉…

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